円い箱 〜アトリエ朋便り 
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以前、何度か参加した、気功のワークショップの先生に誘われて、
土曜日の夕方、あきる野の三内ハウスというカフェへ行ってきました。
カリンバ(アフリカの民族楽器)のライブ。
山の中で、木の切り株に腰掛けながら聞くその演奏は、
ものすごく気持ちを静かにしてくれました。
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カフェのテラスからの景色
最近、よく考えるのです。

いろんな人がそれぞれに、
例えば、
津波被害にあった被災者の人、福島の人、その周辺の人。
少し離れたところで、不安な気持ちで日々を過ごしている人、
心配してても仕方がないと、今までどおり、元気に生活を送ってる人。
いろんな人がそれぞれに、同じ時間軸の中で、
まったく違う現実を生きているんだなぁ・・・と。
その中で、自分自身の現実がどこにあるのか、どうなっているのか、
よく分からなくなってしまってるなぁ・・・と。

このライブに行ってみて、また新たに、
自分とは違う現実(というか、『時間』かな)を生きている人たちに出会って、
なぜか、やっと、自分の現実がハッキリ見えてきた感じがしました。


本当に情けないのですが、311以降のこの2ヵ月半、かなり精神的に参っておりました。
一体何に、こんなにやられてしまっているのか、よく分からなかったのですが、
うーん・・・うまく言えないのだけれど、
初めて真正面から自分と向き合わせれてると言いますか、試されてると言いますか、
なんか、そんな感じなのかもしれません。

意味不明ですよね(笑)。ちょっと危ない人と思われそうで不安だけど、
同じような思いをしてる人、意外とたくさんいるような気もするのです。


家に帰ってから、相方さんと、少し真面目にこれからの事を話しました。
食のこと、住のこと、仕事のこと。
万が一、東京が被害に合うような大きな災害が起こったとき、
どこで、何をして、どんな風に生活していくか。
気持ちの奥の方にある得体のしれない小さな不安と、
「なんとかなるよ。するしかないよ。大丈夫だよ!」という根拠のないたくましい気持ちを、
一度きちんと分けて、いろんな事を考えてみたら、だいぶ落ち着きました。

明日何が起ころうと、あさっても頑張って生きていかねばね!が着地点(笑)。
でも、原発から学んだように、
何が起こっても自分の手に負えるような生き方を選んでいかなければな・・・と思います。


こんな事、被害に合った人たちの前で言ったら罰が当たるかもしれませんが、
今回の原発事故は、日本中の人から、大なり小なり『なにか』を奪っていったような気がします。
その奪われたものを取り返そうとしたり、あった時と同じ生活を求めてたらダメなんだろうな・・・
と、少し気づきはじめました。認めたくなかったけど。

放射能の事も、エネルギーの事も、今まで真剣に考えてこなかった無責任な私ですが、
やっぱり、原発は全て止めてほしいと、今はとにかくそれを願います。